今日はNetflixで、2007年公開の映画『再会の街で』を観ました。
この映画は、9.11同時多発テロで妻と子どもたちを失い、心を閉ざしてしまったチャーリーと、ニューヨークの街で偶然再会した大学時代の友人アランとの交流を描いた作品です。
チャーリーは、あまりにも多くのものを一度に失い、その現実と向き合うことができないまま生きています。
一方のアランは、家族がいて、歯科医師として仕事にも成功し、一見すると何不自由のない生活を送っています。しかし、多くのものを手に入れたはずのアランもまた、その中で自分自身や家族との向き合い方を見失いかけていました。
何もかも失ってしまったチャーリーと、多くを得たことで大切なものを見失っていたアラン。
正反対に見える二人ですが、再会して一緒に時間を過ごす中で、互いの存在が少しずつ影響を与えていきます。どちらか一方が相手を救うという単純な話ではなく、人と人とのつながりによって、それぞれが自分を見つめ直していく物語だと感じました。
物語は明確な答えをすべて示すのではなく、二人がそれぞれ進んでいく方向を静かに感じさせる、余韻の残る作品です。
そして、この映画では、背景として映し出されるニューヨークの街がとても印象に残りました。
多くの人や車が行き交い、街は絶え間なく動き続けています。大勢の人が暮らす大都市でありながら、その中で一人ひとりが、それぞれの悩みや孤独を抱えて生きています。ニューヨークという街そのものが、一つの登場人物のようにも感じられました。
ニューヨークという大きな社会があり、その社会を成り立たせる法律や制度があり、その中で実際に生きている人々がいます。
社会で起きた問題は、法律や制度によって一定の形に整理しなければなりません。法律は人の権利を守り、社会を維持するために必要なものです。しかし、法律によって人の悲しみまで整理できるわけではありません。
同じように大切な人を亡くしたとしても、その受け止め方や、再び前を向けるまでに必要な時間は一人ひとり違います。正しい言葉や制度だけでは届かないところに、急がせず、ただそばにいることの意味があるのだと思います。
司法書士の仕事でも、ご家族を亡くされた方から、相続手続や遺言執行、預貯金の解約、不動産の名義変更などのご相談を受けます。
人の死という極めて個人的な出来事も、社会の中では、戸籍、財産、権利、義務、期限といった法律上の問題として整理していかなければなりません。
しかし、その一つひとつの書類の向こう側には、亡くなった方がいて、残されたご家族の生活と気持ちがあります。
法律や手続によって、悲しみそのものをなくすことはできません。それでも、何を急ぐ必要があり、何は少し待ってもよいのかを整理し、目の前の負担を一つずつ減らしていくことはできます。
また、元気なうちに遺言書や任意後見契約、死後事務委任契約などを準備しておくことも、残される方への一つの思いやりです。手続の負担を少しでも軽くすることで、故人を偲び、自分の気持ちと向き合うための時間を守ることにつながります。
『再会の街で』を観て、司法書士の仕事は、法律や書類だけを見るものではなく、その法律の中で生きている一人ひとりの人を見る仕事でもあるのだと、改めて感じました。
