相続人に認知症の方や未成年者がいる場合、遺産分割協議はどうする?
「父が亡くなったけれど、相続人の母には認知症がある」
「相続人に16歳の子どもがいる。親が代わりに遺産分割協議書へ押印すればよいのだろうか」
「家族の間では財産の分け方が決まっているのに、家庭裁判所の手続きが必要なの?」
相続人全員で遺産分割協議を行う場合、通常はそれぞれの相続人が財産の分け方を確認し、合意することになります。
ところが、未成年の相続人や、判断能力が十分でない相続人がいるときには、誰が協議に参加できるのかを慎重に確認しなければなりません。
本人の意思を確認できないからといって、ほかの家族だけで財産を分けることはできません。また、親族が本人の代わりに自由に署名押印できるわけでもありません。
今回は、未成年者や認知症の方が相続人となった場合に、遺産分割協議をどのように進めるのかについて説明します。
① 相続人の中に未成年者がいたら?
父が亡くなり、次の3人が相続人になったケースを考えてみましょう。
母
長男(22歳)
長女(16歳)
相続財産には、自宅の土地建物と預貯金があります。
母と長男は、母が自宅を相続し、預貯金は子どもたちで分けたいと考えています。
しかし、長女は16歳です。
長女にも相続権があるため、母と長男の2人だけで遺産分割協議を終わらせることはできません。
現在、成年年齢は18歳です。2022年4月1日の民法改正により、それまでの20歳から18歳へ引き下げられました。
したがって、16歳の長女は未成年者に当たります。
未成年者は、原則として自分だけで遺産分割協議を行うことができないため、通常は親権者などの法定代理人が関与します。
ただし、親権者が代理人になれるかどうかは、相続人の構成によって変わります。
② 母が子どもの代わりに協議することはできる?
先ほどの例では、母も長女も父の相続人です。
通常、親権者は未成年の子どもの法律行為を代理できます。しかし、今回のように親と子が同じ相続について相続人になっている場合には、別の問題が生じます。
それが利益相反です。
例えば、母が自宅も預貯金もすべて取得することになれば、その分、長女が取得する財産は少なくなります。
母は自分自身の利益を考える立場であると同時に、子どもの財産上の利益を守る立場でもあります。
この二つの立場が対立するため、母が長女の代理人となって遺産分割協議を行うことは、原則としてできません。
これは、母が実際に子どもへ不利益を与えようとしているかどうかとは別の問題です。
親子の仲がよく、家族全員が納得しているつもりでも、法律上の利益相反は生じます。
そのため、家庭裁判所で長女のための特別代理人を選任する必要があります。
③ 特別代理人は誰のために選ばれる?
特別代理人は、利益相反が生じている場合に、親権者などに代わって未成年者を代理する人です。
先ほどのケースであれば、遺産分割協議に参加する人は次のようになります。
母:相続人本人として参加する
長男:相続人本人として参加する
特別代理人:未成年の長女を代理する
特別代理人の役割は、母や長男の希望を通すことではありません。
長女の財産上の利益が守られるように、遺産分割協議へ参加することです。
そのため、家族が希望する内容であれば何でも認めてもらえるというわけではありません。
また、特別代理人は、その家庭の財産管理を継続して引き受ける人ではありません。
家庭裁判所の審判で指定された行為について代理権を行使し、その行為が終われば、通常は任務も終了します。
④ 特別代理人の選任には何が必要?
特別代理人を選んでもらうには、家庭裁判所へ申立てを行います。
申立先は、原則として未成年者の住所地を管轄する家庭裁判所です。
申立てでは、一般的に次のような書類を準備します。
特別代理人選任申立書
未成年者の戸籍謄本
親権者の戸籍謄本
特別代理人候補者の住民票など
遺産分割協議書の案
裁判所から求められるその他の資料
申立手数料は、未成年者1人につき収入印紙800円です。このほかに郵便切手などが必要になります。
申立人から特別代理人の候補者を推薦することもできますが、誰を選任するかは家庭裁判所が判断します。
また、遺産分割協議書の案が必要になることにも注意したいところです。
まだ財産の分け方を決めていない状態で、とりあえず特別代理人だけ選んでもらえばよいというわけではありません。
家庭裁判所は、予定している遺産分割の内容も確認します。
⑤ 未成年者にはどれくらい財産を取得させる必要がある?
例えば、父の遺産が3,000万円で、相続人が母と未成年の子ども2人だったとします。
法定相続分は、母が2分の1、子ども2人がそれぞれ4分の1です。
金額にすると、次のようになります。
母:1,500万円
子ども1人目:750万円
子ども2人目:750万円
ここで母が、「子どもたちはまだ小さいので、遺産は全部自分が受け取って管理したい」と希望した場合を考えてみます。
このような理由だけで、子どもたちの取得分をゼロにする遺産分割協議が認められるとは限りません。
特別代理人は未成年者の利益を守る必要があり、家庭裁判所でも、原則として未成年者の法定相続分を確保することが重視されます。
そのため、遺産分割協議書の案を作る段階から、未成年者がどの財産をどれだけ取得するのかを考えておく必要があります。
特別代理人を選任することだけでなく、遺産分割の内容自体が重要なのです。
⑥ 親権者が相続人でなければ、そのまま代理できる?
親が相続人でない場合には、事情が異なります。
例えば、祖父が亡くなったとします。
祖父の子である父は、祖父より先に亡くなっていました。そのため、父の子どもである未成年の孫が、代襲相続によって祖父の相続人になります。
この場合、未成年者の母は、祖父の相続人ではありません。
母と子の間に利益相反がなければ、母が親権者として遺産分割協議に参加できる場合があります。
ただし、母が相続人でなければ、どのような場合でも特別代理人が不要になるわけではありません。
例えば、同じ母の親権に服する未成年の子ども2人が、ともに祖父の相続人になっている場合です。
子ども同士の間でも財産の取得について利益が対立するため、母が2人を同時に代理できない場合があります。
このようなときは、少なくとも一方の子どもについて特別代理人の選任が必要になることがあります。
つまり、親権者が相続人かどうかだけでなく、子ども同士の利益相反も確認する必要があります。
⑦ 相続人が認知症と診断されていたら?
今度は、未成年者ではなく、高齢の相続人がいるケースです。
父が亡くなり、母・長男・長女の3人が相続人になったとします。
母は認知症と診断され、現在は介護施設で生活しています。
長男と長女は、父の自宅を長男が取得し、預貯金を母と長女で分けることを考えています。
この場合、母は認知症だからという理由で、遺産分割協議から外してよいのでしょうか。
もちろん、そのようなことはできません。
母にも相続権があります。
また、認知症という診断名だけで、直ちに遺産分割協議ができないと決まるわけではありません。
大切なのは、本人が財産の分け方を理解し、その法律上の意味を判断できるかということです。
認知症の症状や程度には個人差があります。
そのため、実際の判断能力を確認することが必要になります。
⑧ 判断能力がない場合、家族が署名を代行できる?
母が遺産分割協議の内容を理解できない状態にある場合を考えてみましょう。
長男が「母の財産はこれまでも自分が管理してきたので、今回も代わりに署名しよう」と考えたとしても、それだけで母を代理する権限が生じるわけではありません。
家族であることと、法律上の代理人であることは別です。
また、本人が協議内容を理解し判断する能力を欠いている場合には、本人の名前が書かれ、実印が押されていたとしても、その遺産分割協議の効力が問題になることがあります。
したがって、本人が有効に意思表示できない場合には、適切な代理権を持つ人が協議に関与する必要があります。
そのための制度の一つが成年後見制度です。
⑨ 成年後見制度にはどのような種類がある?
現在の成年後見制度では、判断能力の程度などに応じて、後見・保佐・補助という仕組みが設けられています。
後見
判断能力を欠くのが通常の状態にある方を対象とする制度です。
成年後見人は、本人の財産管理や法律行為の代理などを行います。
保佐
判断能力が著しく不十分な方を対象とする制度です。
保佐人は、法律で定められた重要な行為について同意するなど、本人を支援します。
遺産分割協議も、保佐人の同意が必要になる行為に含まれます。
ただし、保佐人が本人に代わって協議を行うには、その行為について代理権が付与されている必要があります。
補助
判断能力が不十分な方に対し、家庭裁判所が定めた範囲で、補助人が同意や代理などの支援を行う制度です。
これらの制度は、すべて同じ権限を与えるものではありません。
すでに成年後見人、保佐人、補助人が選任されている場合には、その人がどのような権限を持っているのかを確認する必要があります。
⑩ 成年後見人と本人が、同じ相続の相続人だったら?
ここでも利益相反に注意が必要です。
例えば、父が亡くなり、相続人が母・長男・長女の3人だったとします。
母には判断能力がなく、長男が母の成年後見人に選任されているケースです。
長男は父の相続人であると同時に、母の成年後見人でもあります。
この場合、長男が自分自身の取得分を決めながら、母の代理人として母の取得分も決めることは、原則としてできません。
長男と母の間で利益が相反するためです。
そのため、母を代理する特別代理人を家庭裁判所に選任してもらう必要があります。
ただし、成年後見監督人が選任されている場合には、その監督人が本人を代理するため、通常は新たに特別代理人を選任する必要はありません。
また、保佐人や補助人が本人と利益相反の関係になる場合にも、与えられている代理権の内容などによって、臨時保佐人や臨時補助人の選任が必要になることがあります。
成年後見人等がいるからといって、その人が常に遺産分割協議を代理できるわけではないのです。
⑪ 成年後見人が協議するとき、本人の取り分は?
成年後見人などが本人の代理人として遺産分割協議を行う場合には、本人の財産上の利益を守らなければなりません。
例えば、父の遺産が3,000万円で、母と子ども2人が相続人だったとします。
母は成年被後見人です。
母の法定相続分は2分の1なので、金額にすると1,500万円に相当します。
長男が「母は施設に入っているし、今後も自宅を使う予定がないので、不動産も預貯金も自分が取得したい」と希望した場合でも、当然にそのとおりにできるわけではありません。
成年後見人には、本人の利益を守る義務があります。
そのため、遺産分割協議では、原則として本人の法定相続分を確保することが基本となります。
もちろん、実際の分割方法を検討する際には、財産の内容や評価、本人の生活状況などの事情も関係します。
しかし、家族にとって管理しやすいという理由だけで、本人の取得分を少なくしてよいわけではありません。
⑫ 遺産分割のために成年後見を始めたら、いつ終了する?
成年後見制度を利用する前には、手続きがどこまで続くのかも確認しておきたいところです。
現行制度では、遺産分割協議が終了したからといって、成年後見が当然に終了するわけではありません。
成年後見人は、遺産分割以外にも本人の財産管理などを行います。
そのため、遺産分割のために後見制度の利用を開始した場合でも、その後の財産管理や家庭裁判所への報告などが必要になることがあります。
専門職が成年後見人に選任された場合には、家庭裁判所の判断により報酬が発生することもあります。
なお、2026年6月には、成年後見制度の見直しを内容とする民法改正法が成立しています。
この改正では、後見・保佐を廃止して補助制度に一元化する仕組みや、必要に応じて制度の利用を終了できる仕組みなどが設けられました。
ただし、2026年10月現在、成年後見制度の見直しに関する規定はまだ施行されていません。
したがって、現時点で遺産分割を進める場合には、現行制度に基づいて必要な手続きを判断することになります。
⑬ 未成年者が18歳になるまで待つことはできる?
未成年の相続人が、もうすぐ18歳になるというケースもあります。
例えば、あと数か月で18歳になる場合です。
そのようなときには、成年に達してから本人が遺産分割協議に参加する方法も考えられます。
18歳になれば、原則として本人が自分で法律行為を行えるからです。
ただし、成人を待つことが常に適切とは限りません。
不動産の相続登記には、義務化による期限があります。
相続税の申告が必要な場合にも、遺産分割が終わっていなくても申告期限が到来することがあります。
さらに、協議を先延ばしにしている間に別の相続人が亡くなると、相続人の範囲が変わり、手続きが複雑になる可能性もあります。
成人まで待つかどうかは、財産の内容や手続きの期限なども確認して判断する必要があります。
⑭ 協議書を作成する前に、何を確認すればいい?
相続人に未成年者や判断能力に問題のある方がいる場合には、最初から協議書への署名押印を進めるのではなく、必要な代理人を確認しておくことが大切です。
特に、次の事項を整理しておきたいところです。
相続人の範囲
戸籍などを確認し、遺産分割協議に参加すべき人を確定します。
未成年者の有無
18歳未満の相続人がいる場合には、その親権者が誰なのかを確認します。
利益相反の有無
親権者自身も相続人になっていないか、複数の未成年者の間で利益が対立していないかを確認します。
本人の判断能力
認知症などがある場合には、診断名だけではなく、本人が遺産分割協議の意味を理解できるかを確認します。
成年後見人等の権限
すでに成年後見人、保佐人、補助人が選任されている場合には、どのような代理権や同意権があるかを確認します。
遺産分割案の内容
未成年者や成年被後見人等の財産上の利益が守られる内容になっているかを確認します。
家庭裁判所の手続き
必要に応じて特別代理人の選任や成年後見関係の手続きを行い、そのうえで遺産分割協議書を完成させます。
まとめ
相続人に未成年者や認知症の方がいる場合、遺産分割協議では、通常よりも確認すべき事項が増えます。
未成年者については、親権者などが法定代理人になりますが、親子が共同相続人である場合などには利益相反が生じ、特別代理人が必要になることがあります。
認知症の方については、診断名だけで協議への参加の可否が決まるわけではありません。本人が協議内容を理解し、判断できるかを確認する必要があります。
そして、本人に判断能力がない場合には、成年後見制度などによって適切な代理人を選任することを検討します。
また、成年後見人等が選任されていても、その人自身が共同相続人である場合には、利益相反の問題が生じることがあります。
遺産分割協議では、財産をどのように分けるかだけでなく、誰が有効に協議へ参加できるのかを確認することが欠かせません。
本人の権利を守りながら、法律上必要な手続きを経て遺産分割協議書を作成することが大切です。
相続手続きについては、こちらのページでも紹介しています。
