内縁の夫が亡くなった。長年一緒に暮らした妻に相続権はある?
「30年以上、一緒に暮らしてきた夫が亡くなった」
「婚姻届を出していなかったけれど、妻として財産を相続できるの?」
「夫名義の家に住んでいる。このまま住み続けられるのだろうか?」
長年、夫婦として生活していても、婚姻届を提出していない場合があります。
いわゆる「内縁関係」や「事実婚」と呼ばれる関係です。
例えば、何十年も同じ家で暮らし、生活費を出し合い、病気になれば看病し、周囲からも夫婦として認識されていたという場合です。
このような二人は、日常生活では法律上の夫婦とほとんど変わらない生活を送っていることがあります。
しかし、一方が亡くなったときの相続については、法律上の婚姻をしている夫婦とは大きな違いがあります。
特に問題になるのが、亡くなった夫名義の自宅や預貯金です。
長年一緒に生活してきた妻であっても、婚姻届を提出していなければ、原則として法定相続人にはなりません。
そのため、夫の兄弟姉妹などが相続人になり、残された妻が自宅や生活費のことで困ってしまう場合があります。
一方で、内縁の妻が財産を取得したり、一定の給付を受けたりする方法がまったくないわけではありません。
遺言による遺贈、生命保険金、遺族年金、特別縁故者に対する相続財産分与など、状況によって検討できる制度があります。
今回は、内縁の夫が亡くなった場合の相続権、夫名義の自宅や預貯金、遺言の有無、特別縁故者の制度、遺族年金、相続税などについて、具体的な事例をもとに説明します。
① 30年間暮らした内縁の夫が亡くなった
例えば、次のようなケースを考えてみましょう。
夫:78歳。芦屋市在住。今回亡くなった方
内縁の妻:74歳。夫と同居
夫の兄:82歳。神戸市在住
夫の妹:70歳。西宮市在住
夫と妻は、約30年前から一緒に生活していました。
二人とも以前に結婚した経験がありましたが、すでに離婚していました。
再び婚姻届を出すことについては、二人とも特に必要を感じていませんでした。
周囲の人たちからは夫婦として認識され、日常生活も実際の夫婦と変わりませんでした。
夫は長年会社員として働き、退職後は年金を受け取りながら暮らしていました。
妻も家事を担当し、生活費の一部を負担していました。
二人には子どもがいません。
また、夫の両親もすでに亡くなっています。
ある日、夫が病気で亡くなりました。
夫の名義では、次の財産が残されていました。
芦屋市内の自宅土地・建物
銀行預金約800万円
その他の家財道具など
自宅は、二人が長年暮らしてきた家です。
妻は、この家で今後も暮らしていくつもりでした。
しかし、葬儀が終わった後、夫の兄から連絡がありました。
「弟の財産について、相続の手続きを進めたいと思っています」
妻は驚きました。
「私たちは30年間、夫婦として暮らしてきました。家も一緒に守ってきたのに、私は相続できないのですか?」
このような場合、法律上はどのように考えるのでしょうか。
② 内縁関係とは、どういう関係?
内縁関係とは、婚姻届を提出していないものの、実際には夫婦として共同生活を営んでいる関係をいいます。
「事実婚」と呼ばれることもあります。
例えば、次のような事情がある場合です。
二人に夫婦として生活する意思がある
同じ家で共同生活を送っている
生活費を負担し合っている
周囲から夫婦として認識されている
長期間にわたり生活を共にしている
ただし、これらの事情が一つでもあれば、必ず内縁関係になるというわけではありません。
単なる同居や交際関係とは区別する必要があります。
例えば、友人同士が一つの家で暮らしている場合です。
同居しているという事実だけで、内縁関係が成立するわけではありません。
一方、婚姻届を出していなくても、互いに夫婦として生活する意思を持ち、実際に夫婦共同生活を営んでいれば、内縁関係と認められる可能性があります。
内縁関係は、婚姻届の有無だけでなく、夫婦としての意思や実際の生活状況などを踏まえて判断されます。
③ 内縁の妻には、夫の相続権がある?
結論からいうと、内縁の妻には、原則として法定相続権がありません。
民法第890条では、亡くなった方の配偶者は常に相続人になると定められています。
しかし、相続における配偶者とは、法律上の婚姻関係にある配偶者をいいます。
婚姻届を提出していない内縁の妻は、原則としてこれに含まれません。
そのため、例えば30年間夫婦として生活していた場合でも、法定相続人にはなりません。
これは、夫婦として生活していた期間が長いか短いかによって変わるものではありません。
例えば、次の二つを比べてみましょう。
法律上の婚姻をしていた夫婦の場合、婚姻期間が1年であっても、妻は原則として夫の相続人になります。
一方、婚姻届を出していない夫婦の場合、30年間一緒に暮らしていても、妻は原則として夫の相続人にはなりません。
日常生活では同じように夫婦として暮らしていたとしても、相続については大きな違いがあります。
内縁の妻は、長期間夫婦として生活していても、原則として夫の財産を法定相続することはできません。
④ 一緒に生活費を負担していても相続できない?
今回の妻は、夫と30年間生活を共にしていました。
食費や光熱費などの生活費を負担し、夫が入院したときには病院へ通って看病していました。
それでも、相続権はないのでしょうか。
法律上は、生活費を負担していたことや、長年看病していたことだけで、法定相続権が発生するわけではありません。
例えば、妻が毎月5万円を生活費として負担していた場合です。
そのこと自体によって、夫の銀行預金について法定相続分を取得できるわけではありません。
また、夫が病気になった後、妻が何年間も介護していた場合でも、当然に相続人になるわけではありません。
もっとも、生活費の負担や療養看護の事情が、まったく意味を持たないわけではありません。
例えば、相続人がいない場合に利用を検討する「特別縁故者」の制度では、このような事情が重要になる場合があります。
また、夫婦が共同で取得した財産については、相続とは別に、妻自身の所有権などを確認すべき場合もあります。
生活費の負担や介護によって法定相続権が発生するわけではありませんが、別の法律関係で意味を持つことがあります。
⑤ 内縁の夫が亡くなった場合、誰が相続人になる?
それでは、今回の事例では誰が相続人になるのでしょうか。
亡くなった夫には子どもがいません。
両親もすでに亡くなっています。
また、法律上の妻もいません。
このような場合、夫の兄弟姉妹が相続人になる可能性があります。
今回、夫には兄と妹が一人ずついます。
そのため、ほかに相続人となる方がいなければ、原則として次の二人が相続人になります。
兄:相続分2分の1
妹:相続分2分の1
内縁の妻には、法定相続分がありません。
例えば、夫の遺産が銀行預金800万円だけだった場合です。
法定相続分に従えば、兄が400万円、妹が400万円を取得する計算になります。
一方、妻には法定相続分がありません。
もちろん、実際の遺産分割では相続人間の合意によって取得する財産を決めることができます。
しかし、内縁の妻が当然に遺産分割協議の当事者になるわけではありません。
内縁の妻がいる場合でも、亡くなった方の子、直系尊属、兄弟姉妹など、法律上の相続人を確認する必要があります。
⑥ 内縁の妻は、遺産分割協議に参加できる?
今回の夫の兄と妹は、夫の遺産について話し合おうとしています。
妻は、長年夫と暮らしてきたため、自分も遺産分割協議に参加できると考えていました。
しかし、遺産分割協議は、原則として相続人の間で行うものです。
そのため、内縁の妻は、法定相続人ではない限り、相続人として遺産分割協議に参加することはできません。
例えば、夫の兄と妹が二人で遺産分割協議を行い、兄が自宅、妹が預貯金を取得することに合意した場合です。
妻がその協議に参加していなくても、法定相続人の全員による協議が成立することはあります。
もっとも、妻自身が所有する財産まで、相続人が自由に分割できるわけではありません。
また、妻が夫に対して何らかの債権を持っていた場合には、相続人に対してその権利を主張できることも考えられます。
この場合は、遺産分割への参加とは別の問題です。
内縁の妻は原則として遺産分割協議の当事者にはなりませんが、妻自身が持っている権利まで失うわけではありません。
⑦ 夫名義の自宅に、そのまま住み続けられる?
今回の妻にとって、最も心配なのは自宅のことです。
夫名義の自宅に30年間住んでいました。
今後もこの家で暮らしていきたいと考えています。
しかし、自宅が夫の単独所有だった場合、夫の死亡によって、原則として相続人がその所有権を承継することになります。
今回であれば、夫の兄と妹が相続人です。
妻が長年住んでいたからといって、当然に自宅の所有権を取得できるわけではありません。
また、法律上の配偶者には、一定の条件のもとで「配偶者居住権」や「配偶者短期居住権」が認められる場合があります。
しかし、これらは法律上の配偶者を対象とした制度であり、内縁の妻には原則として適用されません。
そのため、内縁の妻の場合には、居住を継続するための別の法律上の根拠を検討する必要があります。
例えば、生前に夫と妻との間で使用貸借契約や賃貸借契約が成立していたかどうか、その内容はどうなっていたかなどが問題になる場合があります。
また、相続人と話し合い、今後の居住条件について新たに合意することも考えられます。
ただし、長年同居していたというだけで、当然に永久に住み続けられるわけではありません。
内縁の妻が夫名義の自宅に住んでいる場合には、所有権、契約関係、相続人との関係などを確認する必要があります。
⑧ 賃貸住宅に住んでいた場合はどうなる?
では、夫婦が暮らしていた家が賃貸住宅だった場合はどうでしょうか。
例えば、夫が賃貸借契約の名義人となり、妻と一緒にアパートで暮らしていた場合です。
夫が亡くなったことで、妻は「もう住めなくなるのではないか」と心配するかもしれません。
この点については、借地借家法第36条に特別の規定があります。
同条では、居住用建物の賃借人が相続人なしに死亡した場合、その賃借人と事実上夫婦などと同様の関係にあった同居者は、原則として賃借人の権利義務を承継すると定めています。
ただし、相続人がいないことを知った後、1か月以内に賃貸人へ反対の意思を表示した場合は除かれます。
そのため、亡くなった夫に相続人がいない場合、内縁の妻が賃貸借契約を承継できることがあります。
一方、今回のように夫の兄と妹が相続人になる場合には、借地借家法第36条がそのまま適用されるわけではありません。
この場合、賃借権は原則として相続人が承継します。
ただし、内縁の妻が相続人の承継した賃借権を援用して居住を継続できるとされた判例もあります。
そのため、相続人がいるからといって、直ちに退去しなければならないと決まるわけではありません。
実際には、賃貸借契約の内容、同居の経緯、相続人との関係などを確認する必要があります。
内縁の妻が賃貸住宅に住んでいる場合には、借地借家法や賃貸借契約の内容によって、居住を継続できる場合があります。
⑨ 二人でお金を出して購入した家なら、どうなる?
例えば、今回の自宅は夫名義になっているものの、購入時に妻も頭金を出していた場合です。
このような場合には、単に登記名義だけで判断するのではなく、実際の所有関係を確認する必要があることがあります。
例えば、夫と妻が自宅購入のために、それぞれ1,000万円ずつ負担していた場合です。
夫名義で登記されていたとしても、購入当時の合意や資金負担の状況などによっては、妻自身が所有権などの権利を主張できる可能性があります。
ただし、お金を出したという事実だけで、当然に出資割合に応じた共有持分が認められるわけではありません。
購入時の合意内容や、お金を出した趣旨などによって、法律関係が異なるためです。
例えば、妻が夫へ購入資金を贈与した場合であれば、単純に妻の共有持分が認められるわけではありません。
一方、夫と妻が共同で所有する約束をしていたのであれば、その合意内容が問題になります。
そのため、次のような資料が重要になる場合があります。
不動産売買契約書
購入時の預金通帳
資金の振込記録
住宅ローンに関する書類
夫婦間で交わした書面
購入時の所有関係を示す資料
自宅が夫名義であっても、妻自身の所有権などが問題になる場合には、相続とは別にその権利関係を確認する必要があります。
⑩ 遺言書があれば、内縁の妻も財産を受け取れる?
例えば、夫が生前に次のような遺言書を残していた場合です。
「私が所有する自宅土地・建物を、内縁の妻に遺贈する」
このような遺言があれば、内縁の妻は財産を受け取ることができるのでしょうか。
結論として、有効な遺言によって、内縁の妻へ財産を遺贈することは可能です。
遺贈とは、遺言によって財産を取得させることをいいます。
遺贈を受ける方は、法定相続人である必要はありません。
そのため、婚姻届を出していない内縁の妻であっても、遺言によって自宅や預貯金などを取得できる場合があります。
例えば、夫が自宅を妻に遺贈するという公正証書遺言を作成していた場合です。
その遺言が有効であれば、妻は遺言に基づいて自宅を取得するための手続きを進めることができます。
ただし、不動産については遺贈による所有権移転登記が必要になります。
また、遺言の内容や相続人の構成によっては、遺留分の問題が生じることがあります。
そのため、内縁の妻へ財産を残したい場合には、生前に遺言書を作成しておくことが重要です。
内縁の妻には法定相続権がありませんが、遺言によって財産を取得させることはできます。
⑪ 夫に兄弟姉妹がいる場合、遺留分はどうなる?
今回の夫には、兄と妹がいます。
この二人は、原則として夫の法定相続人になります。
では、夫が「すべての財産を内縁の妻に遺贈する」という遺言を残していた場合、兄と妹は遺留分を請求できるのでしょうか。
この点について、民法では、兄弟姉妹には遺留分が認められていません。
そのため、夫の相続人が兄弟姉妹だけであれば、兄弟姉妹には遺留分侵害額請求権がありません。
例えば、夫が自宅と預貯金のすべてを内縁の妻へ遺贈する遺言書を作成していた場合です。
夫の兄と妹は相続人ではありますが、原則として遺留分を理由に一定額の支払いを求めることはできません。
ただし、遺言の有効性などについて争いが生じる可能性までなくなるわけではありません。
また、亡くなった方に子どもや直系尊属などがいる場合には、遺留分が問題になることがあります。
例えば、夫に前婚の子どもがいる場合です。
その子どもには、原則として遺留分が認められます。
このため、全財産を内縁の妻へ遺贈する遺言を作成した場合には、子どもから遺留分侵害額請求が行われる可能性があります。
相続人が兄弟姉妹だけの場合と、子どもや父母などがいる場合とでは、遺言を作成する際の注意点が異なります。
⑫ 生命保険金なら、内縁の妻でも受け取れる?
例えば、亡くなった夫が生命保険に加入しており、内縁の妻を死亡保険金の受取人として指定していた場合です。
このような場合には、内縁の妻が保険金を受け取れる可能性があります。
ただし、誰を保険金受取人に指定できるかは、保険会社や保険商品の取扱いによって異なります。
また、保険金を受け取るためには、契約内容や受取人の指定が有効であることなどを確認する必要があります。
一般に、死亡保険金は、指定された受取人が保険契約に基づいて取得するものであり、通常の相続財産とは異なる取扱いになる場合があります。
例えば、夫が内縁の妻を死亡保険金の受取人として有効に指定していた場合です。
この場合、夫に兄弟姉妹などの相続人がいても、妻が保険契約に基づいて保険金を受け取れることがあります。
もっとも、死亡保険金については税金の問題もあります。
亡くなった夫が保険料を負担していた場合などには、保険金が相続税の課税対象になることがあります。
また、相続人ではない内縁の妻が受け取る場合には、相続人に認められる死亡保険金の非課税枠を適用できません。
生命保険は、内縁の妻へ財産を残す方法の一つになり得ますが、受取人の指定や税金の取扱いを確認する必要があります。
⑬ 内縁の妻でも、遺族年金を受け取れる?
ここは、相続権と区別して考える必要があります。
内縁の妻には原則として法定相続権がありません。
しかし、公的年金制度では、一定の条件を満たす事実婚の配偶者も、遺族年金の対象になることがあります。
例えば、亡くなった夫が厚生年金に加入していた場合です。
妻との間に法律上の婚姻関係がなくても、実際に夫婦として生活しており、夫によって生計を維持されていたなどの要件を満たせば、遺族厚生年金の受給が認められる可能性があります。
ただし、単に長年同居していたというだけで、必ず受給できるわけではありません。
事実婚関係にあったことや、生計維持関係などを確認する必要があります。
例えば、日本年金機構では、事実婚関係についての申立書などを用意しています。
そのため、婚姻届を出していないことだけを理由に、遺族年金の請求を諦める必要はありません。
また、亡くなった夫に未支給年金がある場合には、事実婚の配偶者が一定の要件のもとで請求できる場合があります。
ただし、遺族年金と未支給年金は別の制度です。
それぞれ支給要件や必要書類が異なるため、年金事務所などで確認する必要があります。
相続では配偶者と認められなくても、遺族年金や未支給年金については、事実婚の配偶者として一定の権利が認められる場合があります。
⑭ 夫に相続人が一人もいなければ、妻が相続できる?
例えば、亡くなった夫には子どもがいません。
両親や祖父母もすでに亡くなっています。
兄弟姉妹もおらず、代襲相続人となる甥や姪などもいません。
このような場合、内縁の妻が夫の財産を相続できるのでしょうか。
結論として、相続人が一人もいない場合でも、内縁の妻が当然に法定相続人になるわけではありません。
相続人がいない場合、相続財産は法律に基づいて清算され、残った財産は原則として国庫に帰属することになります。
しかし、民法には、亡くなった方と特別の縁故があった人に対して、残った相続財産を分与する制度があります。
これを「特別縁故者に対する相続財産分与」といいます。
例えば、長年夫婦として生活していた内縁の妻は、特別縁故者に該当する可能性があります。
ただし、相続人がいないからといって、妻が自動的に財産を取得できるわけではありません。
家庭裁判所で所定の手続きを行う必要があります。
また、家庭裁判所の判断によって、財産の全部または一部が分与される場合もあれば、分与が認められない場合もあります。
相続人がいない場合には、内縁の妻が特別縁故者として財産の分与を受けられる可能性があります。
⑮ 特別縁故者とは、どういう人?
特別縁故者とは、亡くなった方と特別の関係があった人のことです。
民法第958条の2では、一定の場合に、家庭裁判所が特別縁故者へ相続財産の全部または一部を分与できることが定められています。
例えば、次のような人が考えられます。
亡くなった方と生計を同じくしていた人
亡くなった方の療養看護に努めた人
そのほか亡くなった方と特別の縁故があった人
今回のように、長年内縁関係にあり、生活を共にしていた妻は、特別縁故者に該当する可能性があります。
ただし、特別縁故者であるかどうかは、家庭裁判所が具体的な事情を踏まえて判断します。
例えば、単に知人だったというだけでは、通常、特別縁故者として認められるとは限りません。
一方、長年同居し、家計を共にし、病気の際には療養看護を行っていた場合などには、その事情が判断材料になることがあります。
また、特別縁故者として認められた場合でも、必ず財産の全部が分与されるわけではありません。
財産の分与の有無や範囲については、家庭裁判所が判断します。
特別縁故者は相続人とは異なり、家庭裁判所の審判によって相続財産の分与を受ける制度です。
⑯ 特別縁故者の手続きは、どう進める?
内縁の妻が特別縁故者として財産の分与を受けたい場合には、まず亡くなった夫の相続人がいないことなどを確認する必要があります。
ここで重要なのは、特別縁故者への財産分与は、相続人がいる場合に自由に利用できる制度ではないという点です。
例えば、今回の夫に兄と妹がいて、その二人が相続人になる場合には、原則として特別縁故者への相続財産分与の手続きは利用できません。
一方、相続人が存在しない場合や、相続人全員が相続放棄をして相続する人がいなくなった場合には、相続財産清算人の選任が問題になります。
一般的な手続きの流れは、次のようになります。
1.相続人の有無を調査する
亡くなった方の戸籍などを確認し、法律上の相続人がいるかどうかを調べます。
2.相続財産清算人の選任を申し立てる
相続人の存在が明らかでない場合などには、利害関係人などが家庭裁判所へ相続財産清算人の選任を申し立てることができます。
3.家庭裁判所が相続財産清算人を選任する
選任された相続財産清算人は、相続財産の管理や清算などを行います。
4.公告などによって相続人や債権者などを確認する
家庭裁判所や清算人によって、法律で定められた公告などの手続きが行われます。
5.相続財産の清算を行う
亡くなった方に借金などがある場合には、法律に従って債権者への弁済などが行われます。
6.特別縁故者として財産分与を申し立てる
相続人を捜索するための公告で定められた期間が満了し、相続人が現れなかった場合には、特別縁故者として相続財産分与を申し立てることができます。
この申立てには期間制限があります。
原則として、相続人を捜索するための公告で定められた期間の満了後3か月以内に申し立てる必要があります。
7.家庭裁判所が分与の可否や範囲を判断する
家庭裁判所は、亡くなった方との関係や生活状況などを考慮し、財産分与の可否や範囲を判断します。
なお、特別縁故者への財産分与は、相続財産を清算した後に残った財産について行われるものです。
そのため、借金などの弁済によって財産が残らなければ、分与を受けられない場合があります。
また、相続財産清算人の選任には、事案によって予納金などの費用が必要になることもあります。
特別縁故者の制度は、相続人がいない場合に利用を検討するものであり、手続きや期間制限に注意が必要です。
⑰ 内縁の妻が財産を受け取った場合、相続税はどうなる?
例えば、夫が遺言書を残し、内縁の妻へ自宅と預貯金を遺贈した場合です。
この場合、妻は財産を取得することができますが、相続税について注意が必要です。
まず、相続税には「配偶者の税額の軽減」という制度があります。
これは、法律上の配偶者が相続などによって取得した財産について、一定の範囲で相続税が軽減される制度です。
しかし、内縁の妻は法律上の配偶者ではないため、原則としてこの制度の対象にはなりません。
また、相続税には「相続税額の2割加算」という制度があります。
これは、亡くなった方の配偶者や一親等の血族などに該当しない人が財産を取得した場合に、一定の相続税額が加算される制度です。
そのため、内縁の妻が遺贈によって財産を取得した場合には、相続税額の2割加算が問題になることがあります。
例えば、夫が内縁の妻へ自宅を遺贈した場合です。
遺言によって自宅を取得することはできても、法律上の妻が相続した場合と同じ税制上の優遇を受けられるわけではありません。
また、相続税の基礎控除額を計算する際にも、内縁の妻は法定相続人の人数に含まれません。
さらに、生命保険金を受け取った場合には、相続人以外の人が取得した保険金について、死亡保険金の非課税枠が適用されないことにも注意が必要です。
ただし、実際に相続税が発生するかどうかは、財産の総額や相続人の人数などによって異なります。
内縁の妻が遺言や生命保険などによって財産を取得する場合には、法律上の配偶者とは相続税の取扱いが異なる点にも注意が必要です。
⑱ 今回のケースでは、どのように進めればよい?
それでは、最初の事例に戻ってみましょう。
78歳の夫が亡くなり、74歳の内縁の妻が残されました。
二人は30年間、夫婦として生活していました。
夫名義の自宅と、銀行預金約800万円が残されています。
夫には兄と妹がおり、子どもや存命の直系尊属はいません。
このような場合には、次のような順番で対応することが考えられます。
1.夫の戸籍を調査する
まず、夫の出生から死亡までの戸籍などを確認します。
前婚の子どもや養子などがいないか、法律上の婚姻関係が残っていないかを確認します。
2.法律上の相続人を確定する
今回の事例では、ほかに相続人がいなければ、兄と妹が相続人になります。
内縁の妻は、原則として法定相続人にはなりません。
3.遺言書が残されていないか確認する
夫が公正証書遺言や自筆証書遺言などを残していないか確認します。
内縁の妻へ財産を遺贈する遺言があれば、その内容に従った手続きが考えられます。
4.自宅の所有関係を確認する
自宅の登記事項証明書などを確認し、誰が所有者になっているかを調べます。
妻が購入資金を負担していた場合には、購入時の合意や資金の流れなども確認します。
5.今後の居住について検討する
夫名義の自宅であれば、相続人との関係が問題になります。
妻が今後も住み続けたい場合には、法律上の権利関係を確認したうえで対応を検討します。
6.預貯金について確認する
夫名義の預貯金は、原則として夫の相続財産になります。
妻が長年生活費を負担していたことだけで、夫の預貯金を当然に取得できるわけではありません。
7.生命保険の有無を確認する
夫が生命保険に加入していた場合には、保険金受取人が誰になっているかを確認します。
妻が有効に受取人に指定されていれば、保険金を受け取れる場合があります。
8.遺族年金や未支給年金を確認する
法律上の婚姻関係がなくても、一定の要件を満たす事実婚の配偶者は、遺族年金などの対象になる場合があります。
年金事務所で必要な確認を行います。
9.相続人がいない場合には、特別縁故者の制度を検討する
今回のように兄と妹が相続人になる場合には、原則として特別縁故者への財産分与を利用することはできません。
一方、相続人が一人もいない場合などには、相続財産清算人の選任や特別縁故者への財産分与を検討することになります。
10.生前の備えの重要性を確認する
今回、夫が生前に内縁の妻へ自宅を遺贈する遺言を作成していれば、妻の立場は大きく変わっていた可能性があります。
そのため、内縁関係にある夫婦の場合には、元気なうちに財産の承継方法を考えておくことが重要です。
今回の事例では、夫に兄と妹という相続人がいます。
そのため、妻が30年間夫婦として生活していたとしても、当然に夫の自宅や預貯金を相続できるわけではありません。
一方で、遺言書の有無、妻自身の所有権の有無、生命保険、遺族年金など、確認すべき事項はあります。
残された妻が生活に困らないようにするためにも、単に「内縁だから相続できない」で終わらせず、利用できる制度や法律上の権利を丁寧に確認することが大切です。
まとめ
内縁の夫が亡くなった場合、長年一緒に暮らしていた妻であっても、原則として法定相続権はありません。
これは、法律上の婚姻をしている夫婦との大きな違いです。
今回のポイントを整理すると、
内縁関係とは、婚姻届を出していなくても、実際には夫婦として共同生活を営んでいる関係をいう
内縁の妻には、原則として法定相続権がない
30年間一緒に生活していても、当然に相続人になるわけではない
生活費の負担や療養看護だけで法定相続権が発生するわけではない
亡くなった夫に子どもや直系尊属がいなければ、兄弟姉妹が相続人になる場合がある
内縁の妻は、原則として遺産分割協議の当事者にはならない
夫名義の自宅に住んでいても、当然に所有権を取得できるわけではない
内縁の妻には、原則として配偶者居住権や配偶者短期居住権は認められない
賃貸住宅については、借地借家法などによって居住を継続できる場合がある
自宅の購入資金を負担していた場合には、妻自身の所有権などが問題になることがある
有効な遺言があれば、内縁の妻へ財産を遺贈することができる
相続人が兄弟姉妹だけの場合には、兄弟姉妹に遺留分はない
生命保険の受取人として指定されていれば、保険金を受け取れる場合がある
内縁の妻でも、一定の要件を満たせば遺族年金や未支給年金を受け取れる場合がある
相続人がいない場合には、特別縁故者として財産分与を受けられる可能性がある
特別縁故者への財産分与には家庭裁判所の手続きが必要になる
特別縁故者であっても、必ず財産の全部を取得できるわけではない
特別縁故者への財産分与の申立てには期間制限がある
内縁の妻が遺贈などによって財産を取得した場合には、相続税の取扱いにも注意する
残される方の生活を守るためには、生前に遺言などの準備をしておくことが重要である
ということになります。
長年一緒に暮らしてきた夫婦にとって、婚姻届を出しているかどうかは、普段の生活ではそれほど意識しないことかもしれません。
しかし、一方が亡くなったときには、法律上の婚姻関係があるかどうかによって、財産の承継に大きな違いが生じます。
特に、亡くなった夫の名義で自宅を所有している場合には、残された妻が住み続けられるかどうかが問題になることがあります。
また、夫に兄弟姉妹などの相続人がいる場合には、内縁の妻が特別縁故者として財産分与を受けることも、原則としてできません。
そのため、内縁関係にある夫婦では、元気なうちに、どの財産を誰に残すのかを考えておくことが重要です。
遺言書を作成する方法や、生命保険を活用する方法など、状況に応じた備えが考えられます。
一方、夫がすでに亡くなっている場合でも、遺言書の有無、住居の権利関係、生命保険、遺族年金、特別縁故者の制度など、確認できることはあります。
内縁の夫が亡くなった場合には、妻に法定相続権がないという原則を理解したうえで、遺言や各種制度によって財産や生活を守る方法がないか、一つずつ確認することが大切です。
