相続人が行方不明の場合、不在者財産管理人で解決できる?
「兄が30年以上前に家を出たきり、行方が分からない」
「相続人の一人が海外へ移住したが、現在どこにいるのか分からない」
「戸籍や住所を調べても所在が分からず、遺産分割が進まない」
相続手続きでは、このような問題に直面することがあります。
遺産分割協議は、原則として相続人全員の合意が必要です。
そのため、相続人の一人が行方不明になっていると、ほかの相続人だけで遺産分割協議を成立させることはできません。
しかし、所在が分からない相続人がいる場合でも、法律上の手続きを利用して遺産分割を進められることがあります。
その一つが、「不在者財産管理人」という制度です。
今回は、不在者財産管理人の役割、家庭裁判所への申立て、遺産分割協議の進め方などについて整理します。
① 相続人が行方不明でも、遺産分割はできる?
例えば、父が亡くなり、相続人が長男・次男・長女の3人だったとします。
相続財産は次のとおりです。
実家の土地建物:2,000万円
預貯金:1,000万円
合計:3,000万円
長男と長女は連絡を取り合っていますが、次男は20年以上前に家を出てから行方が分かりません。
戸籍や戸籍の附票などを調べても、現在の居所が確認できない状況です。
この場合、長男と長女だけで遺産分割協議を成立させることは、原則としてできません。
次男も法律上の相続人だからです。
しかし、行方不明の相続人に代わって、一定の法律行為を行う人を家庭裁判所に選任してもらう制度があります。
それが不在者財産管理人です。
② 不在者財産管理人とは?
不在者財産管理人とは、従来の住所や居所を離れ、容易に戻る見込みがない方について、家庭裁判所が選任する財産管理人です。
例えば、
長年行方不明になっている
以前住んでいた住所にはもう住んでいない
親族にも所在が分からない
本人が財産を管理できる状況にない
といった場合です。
法律上の要件を満たすときには、家庭裁判所が不在者財産管理人を選任することがあります。
不在者財産管理人の基本的な仕事は、本人に代わって財産を管理・保存することです。
さらに、家庭裁判所の許可を得ることで、本人に代わって遺産分割協議を行うこともできます。
つまり、行方不明の相続人を無視して手続きを進めるのではなく、その相続人の財産上の利益を守りながら遺産分割を進める制度なのです。
③ 連絡が取れないだけでも選任してもらえる?
ここは注意したいところです。
例えば、相続人である兄の住所が分かっていて、そこに手紙を送っているものの、返事がない場合です。
このような場合に、すぐに不在者財産管理人を選任してもらえるとは限りません。
なぜなら、「連絡に応じないこと」と「法律上の不在者に当たること」は別の問題だからです。
例えば、次のように区別して考えます。
| 相続人の状況 | 検討する方法 |
|---|---|
| 住所は分かるが返事がない | 再連絡、遺産分割調停など |
| 住所は分かるが協議を拒否している | 遺産分割調停など |
| 住所を調査しても所在が分からない | 不在者財産管理人の選任など |
| 長年にわたり生死も不明 | 不在者財産管理人や失踪宣告など |
不在者財産管理人を選任するためには、本人が従来の住所や居所を離れ、容易に戻る見込みがないといった事情が必要です。
単に手紙の返事がないという理由だけでは、制度を利用できるとは限りません。
④ 海外へ移住した相続人が行方不明の場合は?
海外へ移住した相続人についても、同じような問題が生じることがあります。
例えば、
「兄は30年前にアメリカへ移住した」
「最後に連絡があったのは20年以上前」
「現在の住所も電話番号も分からない」
という場合です。
このようなケースでは、日本の戸籍や戸籍の附票から、海外へ転出した事実を確認できることがあります。
しかし、海外での転居先まで確認できるとは限りません。
親族や知人への確認、利用可能な公的制度による調査などを行っても所在が判明しない場合には、不在者財産管理人の選任を検討することがあります。
ただし、海外に住んでいるという理由だけで、不在者に該当するわけではありません。
海外での住所が分かり、本人と連絡が取れるのであれば、原則として本人に遺産分割協議へ参加してもらうことになります。
国内か海外かということよりも、本人の所在や状況がどうなっているかが重要です。
⑤ 誰が家庭裁判所に申し立てる?
不在者財産管理人の選任は、家庭裁判所に申し立てることで行います。
申立てができるのは、原則として不在者の財産について法律上の利害関係を有する方などです。
例えば、
不在者の配偶者
相続に関係する親族
不在者の債権者
などが考えられます。
先ほどの例であれば、父の遺産分割を進める必要がある長男や長女が、利害関係人として申立てを検討することになります。
申立先は、原則として不在者の従来の住所地または居所地を管轄する家庭裁判所です。
例えば、不在者が以前は神戸市に住んでいた場合には、その従来の住所地を管轄する家庭裁判所が申立先となります。
現在どこに住んでいるか分からない場合でも、以前の住所などを手掛かりに管轄を確認します。
⑥ 申立てにはどんな書類が必要?
不在者財産管理人の選任を申し立てる場合には、本人が不在であることや、申立人に法律上の利害関係があることなどを示す必要があります。
一般的には、次のような書類を準備します。
【主な必要書類】
不在者財産管理人選任申立書
不在者の戸籍謄本
不在者の戸籍の附票
不在の事実を証明する資料
不在者の財産に関する資料
申立人の利害関係を証明する資料
管理人候補者がいる場合には、その方の住民票など
ここで特に重要なのが、不在の事実を証明する資料です。
例えば、
戸籍の附票などで住所を調べた結果
郵便物が宛先不明で返送されたことが分かる資料
親族に問い合わせた内容
長年所在が分からないことを説明する資料
海外移住後の所在調査の経緯
などが考えられます。
何年も連絡を取っていないという説明だけでは、十分でない場合もあります。
どのような調査を行い、なぜ所在が分からないのかを整理しておくことが大切です。
⑦ 不在者財産管理人には誰が選ばれる?
不在者財産管理人は、家庭裁判所が選任します。
申立人が管理人の候補者を挙げることはできますが、必ずその人が選ばれるわけではありません。
例えば、行方不明の次男の財産管理人として、長男を候補者にしたいと考えることもあるでしょう。
しかし、長男自身も同じ遺産分割の当事者であれば、利害が対立する可能性があります。
家庭裁判所は、不在者との関係や管理する財産、利害関係などを踏まえて、適切な管理人を選任します。
事案によっては、弁護士や司法書士などの専門家が選ばれることもあります。
不在者財産管理人は、申立人の希望を実現するためだけの代理人ではありません。
行方不明になっている本人の財産を守る立場にあることが重要です。
⑧ 選任されたら、すぐ遺産分割協議ができる?
ここは、不在者財産管理人の制度で特に重要なポイントです。
不在者財産管理人が選任されただけでは、自由に遺産分割協議を行えるわけではありません。
不在者財産管理人の基本的な権限は、財産の管理や保存に関するものです。
遺産分割協議は、財産の帰属を決める重要な法律行為であるため、通常の管理権限を超える行為に当たります。
そのため、不在者財産管理人が遺産分割協議を行うには、原則として家庭裁判所の「権限外行為許可」が必要です。
つまり、手続きは大きく分けて次のようになります。
家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申し立てる
家庭裁判所が不在者財産管理人を選任する
遺産分割の内容を検討する
不在者財産管理人が権限外行為許可を申し立てる
家庭裁判所の許可を得て遺産分割協議を行う
協議成立後、必要な相続手続きを進める
不在者財産管理人を選任してもらう手続きと、遺産分割協議についての許可を得る手続きは、別に考える必要があります。
⑨ 行方不明の相続人の取り分はどうなる?
不在者財産管理人が選任されれば、行方不明の相続人の取り分を無視して遺産分割できるのでしょうか。
もちろん、そのようなことはありません。
不在者財産管理人は、本人の財産上の利益を守る立場にあります。
例えば、相続人が子ども3人で、法定相続分がそれぞれ3分の1だったとします。
相続財産が3,000万円であれば、各相続人の法定相続分に相当する金額は1,000万円です。
このとき、長男と長女が、
「次男は行方不明だから、財産を一切渡さないことにしたい」
と希望しても、そのような遺産分割が簡単に認められるわけではありません。
不在者の法定相続分に見合う利益を確保することが、重要な検討事項になります。
例えば、長男が実家の土地建物を取得する代わりに、行方不明の次男には相当する金銭を取得させる方法などが考えられます。
ただし、具体的な分割方法については、財産の評価や協議内容などを踏まえて家庭裁判所が許可の可否を判断します。
不在者財産管理人の制度は、行方不明の相続人の権利をなくす制度ではないという点を押さえておきたいところです。
⑩ 申立てにはどれくらい費用がかかる?
不在者財産管理人選任の申立手数料は、収入印紙800円です。
このほか、連絡用の郵便切手や戸籍などの取得費用が必要になります。
また、遺産分割協議のために権限外行為許可を申し立てる場合にも、原則として収入印紙800円などが必要です。
ただし、実際の費用で注意したいのは、管理人の報酬や予納金です。
不在者財産管理人が管理する財産だけでは、管理費用や報酬を支払うのに不足する可能性がある場合、家庭裁判所から予納金の納付を求められることがあります。
予納金が数十万円になる場合もありますが、必要性や金額は財産状況や裁判所の運用などによって異なります。
また、管理人の報酬は家庭裁判所が事情を考慮して定め、不在者の財産から支払われることがあります。
そのため、申立手数料が800円だからといって、手続き全体が800円程度で済むわけではありません。
⑪ 遺産分割が終わったら、管理人の仕事も終了する?
ここも見落としやすいところです。
不在者財産管理人の仕事は、遺産分割協議が成立しただけで、必ず終了するわけではありません。
例えば、遺産分割によって行方不明の次男が1,000万円を取得することになった場合です。
その1,000万円を、誰が管理するのでしょうか。
本人は行方不明なので、すぐに受け取ってもらうことはできません。
そのため、不在者財産管理人が引き続き本人の財産を管理する必要が生じることがあります。
不在者財産管理人の職務は、家庭裁判所の監督のもとで続きます。
その後、本人が現れた場合や、死亡が判明した場合、失踪宣告がされた場合などには、事情に応じて財産の引継ぎや管理終了の手続きを検討することになります。
遺産分割協議を成立させることだけが、不在者財産管理人の仕事ではありません。
⑫ 失踪宣告とは何が違う?
長年にわたって相続人の行方が分からない場合には、失踪宣告という制度も関係することがあります。
不在者財産管理人と失踪宣告は、目的が異なります。
| 制度 | 主な目的 |
|---|---|
| 不在者財産管理人 | 行方不明の本人の財産を管理する |
| 失踪宣告 | 一定の要件のもとで、行方不明の本人を法律上死亡したものとみなす |
失踪宣告には、主に次の2種類があります。
普通失踪
生死が7年間明らかでない場合です。
危難失踪
船舶の沈没や震災など、死亡の原因となる危難に遭い、その危難が去ってから1年間生死が明らかでない場合です。
失踪宣告がされると、法律上死亡したものとみなされ、本人についての相続関係にも影響します。
ただし、単に7年間連絡を取っていないというだけで、自動的に失踪宣告がされるわけではありません。
家庭裁判所への申立てと、法律上の要件を満たすことが必要です。
また、失踪宣告によって相続関係が変わることもあるため、どちらの制度を利用するかは慎重に検討する必要があります。
⑬ 相続登記の期限にも注意
行方不明の相続人がいる場合、遺産分割を進めるまでに時間がかかることがあります。
しかし、不動産がある場合には、相続登記の義務化にも注意が必要です。
2024年4月1日から相続登記が義務化されており、相続によって不動産を取得したことを知った相続人は、原則として3年以内に相続登記を申請する必要があります。
また、2024年4月1日より前に発生した相続で、以前から不動産を取得したことを知っていた場合には、原則として2027年3月31日までの経過措置があります。
行方不明の相続人がいるために遺産分割協議が成立しない場合には、相続人申告登記などによって、申請義務への対応を検討することもあります。
ただし、相続人申告登記だけでは、遺産分割協議が成立したり、最終的な取得者への名義変更が完了したりするわけではありません。
遺産分割の問題と、登記義務への対応は分けて考える必要があります。
まとめ
相続人の一人が行方不明の場合でも、法律上の手続きを利用することで、遺産分割を進められることがあります。
今回のポイントを整理すると、
行方不明の相続人を除外して遺産分割協議を行うことは、原則としてできない
一定の要件を満たせば、不在者財産管理人の選任を申し立てることができる
住所が分かっているのに返事がない場合とは、対応が異なる
海外へ移住した相続人でも、調査しても所在が分からない場合には制度の利用を検討できる
管理人は家庭裁判所が選任する
管理人が遺産分割協議を行うには、原則として権限外行為許可が必要
不在者の相続上の権利や財産上の利益を守る必要がある
申立手数料のほか、予納金や管理人の報酬が必要になる場合がある
遺産分割が終わっても、管理人の仕事が直ちに終了するとは限らない
長期間生死が不明な場合には、失踪宣告という別の制度もある
ということになります。
相続人の一人が行方不明だからといって、必ずしも相続手続きができなくなるわけではありません。
ただし、不在者財産管理人の制度は、行方不明の相続人の権利をなくして、残りの相続人だけで財産を分けるためのものではありません。
所在が分からない本人の権利を守りながら、必要な相続手続きを進めるための制度です。
まずは戸籍や住所の調査を行い、本人の所在が分からない事情を整理したうえで、利用できる制度を検討することが大切です。
相続手続きについては、こちらのページでも紹介しています。
参考資料
