2026年10月29日木曜日

相続のこんなときどうする?~ケース別・相続手続きの進め方~第一弾② 賃貸アパートで一人暮らしの父が死亡。家賃や部屋の片付けは誰がする?

 


賃貸アパートで一人暮らしの父が死亡。家賃や部屋の片付けは誰がする?

「一人暮らしの父が亡くなった。アパートの家賃はいつまで支払わなければならないの?」

「大家さんから部屋を片付けてほしいと言われたけれど、子どもが全部片付ける義務があるの?」

「父の財産はほとんどない。遺品整理の費用まで負担しなければならないの?」

賃貸住宅で一人暮らしをしていた親が亡くなった場合、預貯金や相続財産の手続きだけでなく、住んでいた部屋をどうするかという問題が生じます。

特に、家具や家電、衣類などがそのまま残されている場合には、部屋の片付けや賃貸借契約の解約が必要になります。

また、誰も住んでいなくても家賃が発生する場合があり、対応が遅れると負担が増える可能性があります。

しかし、親が亡くなったからといって、子どもが当然にすべての費用を個人として負担しなければならないわけではありません。

賃貸借契約の内容や相続人の状況、相続放棄をするかどうかなどによって、対応方法は異なります。

今回は、賃貸アパートで一人暮らしをしていた父が亡くなった場合、家賃や退去手続き、部屋の片付け、敷金の精算などをどのように進めればよいのかについて説明します。


① 賃貸アパートで暮らしていた父が亡くなった

前回に引き続き、次のような家庭を考えてみましょう。

父は78歳で、芦屋市内の賃貸アパートに一人で暮らしていました。

母はすでに亡くなっており、子どもは二人です。

  • 父:78歳。芦屋市内の賃貸アパートで一人暮らし

  • 長男:52歳。西宮市在住

  • 長女:49歳。神戸市在住

  • 母:すでに死亡

父が亡くなり、長男と長女が部屋を確認したところ、家具や家電、衣類などがそのまま残っていました。

銀行預金は約3万円しかなく、ほかにまとまった財産は見当たりません。

アパートの家賃は月額6万5,000円です。

葬儀を終えた数日後、長男のところへ管理会社から電話がありました。

「お父様が亡くなられたと伺いました。お部屋の解約と荷物の片付けをお願いできますか?」

長男は、いつまでに部屋を片付けなければならないのか尋ねました。

すると、管理会社からは、早めに退去してほしいと言われました。

しかし、長男も長女も仕事があり、すぐに部屋を片付けられる状況ではありません。

また、父の預貯金は3万円しかないため、遺品整理業者へ依頼する費用も心配です。

このような場合、長男と長女はどう対応すればよいのでしょうか。


② 父が亡くなったら、賃貸借契約は自動的に終了する?

まず確認したいのは、賃貸借契約がどうなるのかということです。

一般的な建物賃貸借契約では、借主が亡くなっただけで契約が自動的に終了するわけではありません。

賃借権は、原則として相続の対象になります。

例えば、父がアパートの借主になっており、長男と長女が相続人だった場合です。

父が亡くなると、賃貸借契約上の地位は原則として相続人に承継されることになります。

そのため、部屋に誰も住んでいないからといって、当然に賃貸借契約が終了するわけではありません。

また、大家さんや管理会社が父の死亡を知っただけで、当然に契約が終了するものでもありません。

通常は、相続人など契約を終了させる権限のある方と貸主との間で、解約や明渡しについて手続きを進める必要があります。

ただし、例外もあります。

高齢者向けの「終身建物賃貸借」という制度による契約では、借主の死亡によって契約が終了する仕組みになっています。

そのため、まず父がどのような契約を締結していたのかを確認することが必要です。

一般的な賃貸借契約では、借主の死亡だけで契約が終了するわけではないという点が重要です。


③ 誰も住んでいないのに、家賃は発生する?

例えば、父が10月10日に亡くなった場合です。

長男と長女は、父が亡くなった日から家賃の支払いも止まると思っていました。

しかし、通常の賃貸借契約では、父の死亡によって直ちに契約が終了するわけではありません。

そのため、誰も住んでいない状態であっても、賃貸借契約が続いている間は、原則として家賃が発生します。

また、解約の申入れをしたとしても、その日をもって契約が終了するとは限りません。

例えば、契約書に「解約する場合は1か月前までに通知する」と定められている場合です。

この場合には、契約内容に従って、解約申入れ後の一定期間についても家賃が必要になることがあります。

ただし、解約予告期間や契約の終了時期は、契約の種類や契約条項、貸主との合意内容などによって異なります。

すべての賃貸住宅で、必ず1か月分の家賃が発生するというわけではありません。

また、通常の賃貸借契約について、借主が亡くなった場合に必ず翌日から解約できるという決まりもありません。

そのため、まず賃貸借契約書を確認する必要があります。

誰も住んでいないから家賃が不要になるのではなく、いつ賃貸借契約が終了するのかが重要です。


④ まず大家さんや管理会社へ連絡する

父が亡くなった場合、早めに大家さんや管理会社へ連絡することが大切です。

ただし、相続放棄を検討している場合には、解約や家財の処分について慎重な対応が必要になります。

最初の連絡では、次のような事項を確認するとよいでしょう。

  • 父が亡くなったこと

  • 賃貸借契約の内容

  • 解約の申入れに必要な手続き

  • 家賃がいつまで発生するのか

  • 部屋の明渡しについての希望

  • 敷金や保証金の有無

  • 家賃の未払いがないか

  • 連帯保証人や保証会社の契約内容

  • 相続放棄を検討している場合の対応

例えば、長男が管理会社へ連絡し、父の死亡を伝えたうえで、契約書の写しや解約方法について確認することが考えられます。

ここで注意したいのは、管理会社から求められた書類に、すぐ署名する必要があるとは限らないことです。

特に、相続人として債務を引き受ける内容や、費用負担を約束する内容が含まれている場合には、慎重に確認する必要があります。

まずは、契約内容と自分の立場を確認し、対応方法を整理することが大切です。


⑤ 解約手続きは長男一人でできる?

今回の父の相続人は、長男と長女の二人です。

では、長男だけが管理会社に解約届を提出すればよいのでしょうか。

通常の賃貸借契約では、父の賃借権は相続の対象となります。

そのため、複数の相続人がいる場合には、賃貸借契約をどのように終了させるのかという問題が生じます。

一般的には、相続人全員の意思を確認し、代表者を決めて手続きを進める方法が考えられます。

例えば、長男と長女が話し合い、長男が代表して管理会社と連絡を取ることにした場合です。

管理会社から、相続人全員の署名や、代表者への委任状などを求められることもあります。

ただし、実際に必要となる書類や手続きは、契約内容や解約の法的な方法によって異なります。

そのため、長男だけの署名で必ず解約できるというわけではありません。

また、相続放棄をする予定の相続人については、解約手続きに関与することで問題が生じる場合があります。

相続人が複数いる場合には、誰がどのような権限で解約手続きを行うのかを確認することが重要です。


⑥ 部屋に残された家具や家電は誰のもの?

父の部屋には、冷蔵庫、洗濯機、テレビ、タンス、衣類などが残っています。

これらの家財道具は、父が所有していたものであれば、原則として相続財産になります。

例えば、冷蔵庫が古く、ほとんど価値がない場合でも、当然に誰でも処分してよいわけではありません。

また、部屋の中には、現金や通帳、重要書類、写真などが残されている可能性もあります。

そのため、部屋の片付けをする場合には、まず何が残されているのかを確認することが大切です。

特に注意したいのは、遺言書や保険証券、契約書などの重要書類です。

これらをほかの家財と一緒に処分してしまうと、後から必要な手続きを進める際に困ることがあります。

例えば、古い書類の中から、別の銀行の通帳や生命保険の契約書が見つかることも考えられます。

そのため、相続する方針で部屋を片付ける場合でも、いきなりすべての家財を廃棄するのではなく、財産や重要書類を確認しながら進めることが大切です。

ただし、相続放棄を検討している場合には、家財の整理や持ち出し自体についても慎重に判断する必要があります。


⑦ 大家さんが勝手に荷物を処分してもいい?

例えば、父が亡くなってから1か月が経過した場合です。

長男と長女は、まだ部屋の片付けを終えていません。

大家さんは、次の入居者を募集したいため、早く部屋を空けてほしいと考えています。

このような場合、大家さんが部屋に入り、残されている家具や家電を勝手に処分してもよいのでしょうか。

原則として、賃貸住宅の所有者だからといって、室内に残された家財道具を自由に処分できるわけではありません。

父が所有していた家財道具は、原則として相続財産だからです。

また、賃貸借契約が終了していない場合には、賃借権の問題もあります。

そのため、大家さんや管理会社が一方的に荷物を撤去した場合、法的な問題が生じる可能性があります。

通常は、相続人など権限のある方と連絡を取り、賃貸借契約の終了や残置物の処理について手続きを進める必要があります。

ただし、生前に残置物処理について有効な委任契約が締結されている場合などには、その契約内容に従って対応できることがあります。

大家さんから退去を求められていても、荷物の処理については法律上の権限や契約内容を確認する必要があります。


⑧ 部屋の片付けには、どのくらい費用がかかる?

父の部屋を片付けることになった場合、長男と長女が自分たちで作業する方法があります。

例えば、衣類や書類を整理し、不要な家具などを処分する方法です。

一方、大型家具や家電が多く、家族だけでは片付けが難しい場合には、遺品整理業者などへ依頼することも考えられます。

ただし、遺品整理業者へ依頼する場合には、費用が問題になります。

費用は、部屋の広さや荷物の量、搬出の難しさなどによって異なります。かなりの金額がかかる可能性があります。

そのため、業者へ依頼する場合には、作業内容と費用を事前に確認することが重要です。

例えば、見積書に次のような費用が含まれているかを確認します。

  • 家具や家電の搬出費用

  • 不用品の処理費用

  • 室内の清掃費用

  • エアコンなどの取り外し費用

  • 追加作業が発生した場合の費用

また、家電リサイクル法の対象となる家電については、所定の方法で処理する必要があります。

なお、家庭から出る廃棄物については、市区町村の処理ルールや許可制度にも注意が必要です。

単に安いという理由だけで業者を選ぶのではなく、適切な方法で処分してもらえるかを確認することが大切です。

今回のように父の預貯金が3万円しかない場合には、片付け費用を誰が負担するのかという問題も生じます。


⑨ 遺品整理費用は子どもが支払わなければならない?

例えば、父の部屋の片付けに20万円かかるとします。

しかし、父の預貯金は3万円しかありません。

このような場合、長男と長女が不足する17万円を必ず自分たちのお金で支払わなければならないのでしょうか。

まず、子どもだからという理由だけで、当然に父のすべての債務を個人として負担するわけではありません。

しかし、相続を承認した場合には、賃貸借契約上の義務や、父が負っていた債務を相続することがあります。

また、部屋の明渡しに伴う家財の撤去などについても、契約関係や相続人の地位に応じて対応が必要になる場合があります。

一方、長男自身が遺品整理業者へ依頼した場合には、その業者との契約に基づく支払義務が生じます。

これは、父の債務を相続することとは別の問題です。

例えば、長男が自分の判断で業者と20万円の契約を締結した場合、長男がその業者に対して支払義務を負うことが考えられます。

そのため、相続財産が少ない場合には、遺品整理の費用を誰が負担するのか、作業を依頼する前に確認しておくことが重要です。

特に相続放棄を検討している場合には、家財の処分や業者との契約を急がないように注意する必要があります。


⑩ 敷金は戻ってくる?

父が賃貸アパートを借りた際に、敷金を支払っていた場合もあります。

例えば、家賃6万5,000円のアパートで、入居時に敷金として6万5,000円を支払っていた場合です。

この敷金は、賃貸借契約が終了し、部屋が返還された後に精算されます。

民法第622条の2では、賃貸借契約が終了し、賃貸物の返還を受けた場合などに、貸主が未払家賃などを控除した残額を返還することが定められています。

例えば、

  • 敷金:65,000円

  • 未払家賃:20,000円

  • 貸主が控除できるその他の費用:15,000円

という場合です。

この例では、差引き30,000円が返還される計算になります。

ただし、これは説明のための例であり、実際の精算額は契約内容や費用の根拠によって異なります。

また、敷金があるからといって、相続人が一方的に「今月の家賃は敷金から差し引いてください」と決められるわけではありません。

部屋を明け渡す際には、敷金の精算について管理会社に確認することが大切です。

なお、父の敷金返還請求権も、原則として相続に関係する権利です。

そのため、誰が返還を受けるのかという点についても確認が必要になります。


⑪ 古い部屋でも、修繕費を全部負担する必要がある?

父が長年住んでいた部屋について、管理会社から修繕費を請求されることがあります。

例えば、壁紙の張り替えや床の補修費用です。

しかし、部屋が古くなっているからといって、その修繕費用のすべてを借主側が負担するわけではありません。

民法第621条では、賃借人の原状回復義務について定められています。

ここでは、通常の使用による損耗や経年変化などは、原則として賃借人の原状回復義務の対象から除かれています。

例えば、長年生活していたことによる壁紙の日焼けや、通常の使用による床の損耗などは、基本的に貸主側の負担と考えられる場合があります。

一方、借主の故意や過失などによって生じた損傷については、借主側の負担になることがあります。

ただし、実際の負担については、損傷の原因や程度、契約内容、有効な特約の有無などを確認する必要があります。

国土交通省は、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を公表しています。

退去時に修繕費用を請求された場合には、費用の内訳や根拠を確認するとよいでしょう。

部屋を借りたときと全く同じ状態に戻すことが、当然に義務となるわけではありません。


⑫ 長男が連帯保証人になっていた場合は?

ここで、今回の事例に別の事情があった場合を考えてみましょう。

父がアパートを借りる際、長男が連帯保証人になっていた場合です。

この場合、長男には相続人としての立場とは別に、連帯保証人としての立場があります。

例えば、父が家賃を滞納していた場合です。

賃貸借契約や保証契約の内容によっては、貸主が長男に対して保証債務の履行を求めることがあります。

また、連帯保証人の責任の範囲は、保証契約の内容や締結時期、法令上の規律などによって異なります。

特に、2020年4月1日以降に締結された個人の根保証契約については、極度額の定めが必要となる場合があります。

そのため、長男が連帯保証人になっている場合には、賃貸借契約書だけでなく、保証契約の内容も確認する必要があります。

ここで注意したいのは、相続放棄をした場合です。

長男が父の相続を放棄したとしても、長男自身が有効な保証契約を締結していた場合、その保証債務まで当然に消滅するわけではありません。

相続によって承継する債務と、自分自身が連帯保証人として負っている債務は別だからです。

親のアパートの連帯保証人になっている場合には、相続放棄とは別に保証責任を確認する必要があります。


⑬ 緊急連絡先になっているだけでも責任がある?

例えば、父がアパートを借りた際、長女を緊急連絡先として登録していた場合です。

管理会社は父の死亡後、長女へ連絡しました。

そして、部屋の片付けや未払家賃について対応を求めました。

しかし、緊急連絡先として登録されていることと、連帯保証人になっていることは同じではありません。

緊急連絡先は、一般に、入居者と連絡が取れない場合などに連絡を受けるためのものです。

そのため、緊急連絡先として登録されているだけで、当然に家賃や遺品整理費用について保証人としての支払義務が生じるわけではありません。

ただし、長女が父の相続人である場合には、相続によって賃貸借契約上の義務を承継することがあります。

つまり、次の2つは区別する必要があります。

緊急連絡先としての立場

緊急連絡先であるという理由だけでは、通常、連帯保証人と同じ責任は生じません。

相続人としての立場

相続を承認した場合には、父が負っていた賃貸借契約上の債務などを承継することがあります。

管理会社から請求を受けた場合には、どのような法律上の立場で請求されているのかを確認することが大切です。


⑭ 相続放棄を考えている場合、部屋を片付けてもいい?

今回のケースでは、父の預貯金は3万円しかありません。

しかし、家賃や遺品整理費用など、今後必要になる費用はそれを上回る可能性があります。

また、父にほかの借金があるかどうかも分かっていません。

そこで、長男と長女は相続放棄を検討することにしました。

このような場合、部屋の片付けについては特に慎重な対応が必要です。

民法第921条では、相続人が相続財産の全部または一部を処分した場合などには、一定の例外を除き、単純承認をしたものとみなされると定められています。

そのため、父の家財道具を売却したり、価値のある物を自分のものにしたりした場合には、相続放棄に影響する可能性があります。

また、家具や家電などを一括して処分した場合にも、その内容や事情によって問題が生じる可能性があります。

ただし、遺品に関する行為がすべて一律に単純承認に当たるわけではありません。

財産の保存に必要な行為など、具体的な事情によって判断が異なります。

そのため、相続放棄を検討している場合には、次のような対応が考えられます。

  • 管理会社へ相続放棄を検討していることを伝える

  • 賃貸借契約の内容を確認する

  • 家財の処分について安易に同意しない

  • 父の財産を自分のものとして使用しない

  • 相続放棄の期限を確認する

  • 必要に応じて法律専門家へ相談する

なお、相続放棄は、原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所へ申述する必要があります。

相続放棄を検討する場合には、早く部屋を片付けたいという事情があっても、家財の処分や契約の解約を安易に進めないことが重要です。


⑮ 長男と長女が相続放棄したら、誰が部屋を片付ける?

例えば、長男と長女の二人が相続放棄をした場合です。

この場合、二人は原則として初めから父の相続人ではなかったものとして扱われます。

ただし、相続放棄をしたからといって、すべての問題が直ちに解決するわけではありません。

まず、長男と長女が相続放棄した場合でも、父の兄弟姉妹など、次の順位の相続人が相続する可能性があります。

そのため、相続放棄をした二人が、当然に部屋の家財を処分できるわけではありません。

また、相続人が存在しない場合などには、家庭裁判所で相続財産清算人の選任を申し立てる制度があります。

相続財産清算人は、相続財産を管理・清算するために選任される方です。

ただし、相続財産清算人を選任するには、所定の申立手続きが必要になります。

また、相続放棄をした方についても、放棄時に相続財産を現に占有している場合には、その財産を引き渡すまでの間、一定の保存義務を負うことがあります。

民法第940条では、このような場合の相続放棄者の義務について定めています。

そのため、相続放棄をした場合であっても、財産の占有状況などによって対応が必要になることがあります。

相続放棄をすれば、必ず部屋や家財について何もしなくてよくなるというわけではありません。

ただし、相続放棄をした子どもが、当然に自分の費用で部屋を片付けなければならないということでもありません。

具体的な義務は、相続人の状況や財産の占有関係、保証契約の有無などによって判断する必要があります。


⑯ 生前に死後事務委任契約をしていた場合は?

ここまで説明したように、賃貸住宅で一人暮らしをしていた方が亡くなった場合、契約の解約や部屋の片付けが問題になります。

このような問題に備える仕組みとして、死後事務委任契約があります。

例えば、父が生前に、亡くなった後の賃貸借契約の解約や家財の整理について、信頼できる方へ依頼していた場合です。

適切な契約内容になっていれば、契約で定められた範囲において、受任者が必要な手続きを行うことが考えられます。

国土交通省と法務省は、2021年に「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を策定しています。

これは、単身高齢者が賃貸住宅を借りる場合などを想定し、亡くなった後の賃貸借契約の解除や残置物の処理について、あらかじめ委任するための契約条項です。

例えば、賃借人が生前に、処分してよい家財と残しておいてほしい家財を区別し、受任者に必要な事務を任せる仕組みが考えられます。

ただし、死後事務委任契約を締結すれば、どのような家財でも自由に処分できるわけではありません。

契約の内容や法令上の条件に従って手続きを進める必要があります。

また、このような契約を生前に締結していなかった場合に、家族が当然に死後事務受任者としての権限を持つわけではありません。

単身で賃貸住宅に暮らす高齢者については、生前から賃貸借契約の終了や家財の処理について準備しておくことも大切です。


⑰ 今回のケースでは、どう進めればよい?

それでは、最初の事例に戻ってみましょう。

父は78歳で、芦屋市内の賃貸アパートに一人で暮らしていました。

家賃は月額6万5,000円です。

父の死亡後、銀行預金は3万円しかないことが分かりました。

室内には家具や家電、衣類などが残っています。

管理会社からは、早めに部屋を片付けてほしいと言われています。

このような場合、まず次のような順番で対応を検討することが考えられます。

1.賃貸借契約書を確認する

父がどのような契約を締結していたのかを確認します。

特に、契約の終了方法、解約予告期間、敷金、連帯保証人などを確認する必要があります。

2.管理会社へ死亡の連絡をする

父が亡くなったことを伝え、契約の終了方法や家賃の精算方法などを確認します。

この段階では、相続放棄の可能性がある場合、解約や家財の処分について安易に約束しないことが大切です。

3.父の財産と債務を確認する

銀行預金や現金のほかに、借金や未払金がないかを確認します。

また、敷金がある場合には、返還される可能性についても確認します。

4.相続放棄をするかどうか検討する

父の財産が少なく、債務が多い可能性がある場合には、相続放棄を検討する必要があります。

熟慮期間の経過に注意しながら、必要に応じて法律専門家へ相談します。

5.相続する場合には、解約と家財の処理を進める

相続人間で方針を確認し、適切な権限と手続きに基づいて賃貸借契約の終了を進めます。

家財道具についても、重要書類や財産を確認したうえで整理します。

6.退去時の精算内容を確認する

未払家賃や原状回復費用、敷金の返還などについて確認します。

請求された費用について疑問がある場合には、契約書や明細書を確認することが大切です。

今回のケースでは、父の預貯金が3万円しかないため、家賃や遺品整理費用の負担が大きな問題になる可能性があります。

しかし、だからといって、管理会社から求められた費用をすべて長男と長女が個人として負担しなければならないとは限りません。

まず、相続するのか相続放棄をするのかを検討し、それぞれの立場に応じて対応することが重要です。


まとめ

賃貸アパートで一人暮らしをしていた親が亡くなった場合、預貯金などの相続手続きだけでなく、賃貸借契約の終了や部屋の片付けという問題が生じます。

特に、財産が少ない場合には、家賃や遺品整理費用が大きな負担になることがあります。

今回のポイントを整理すると、

  • 一般的な賃貸借契約は、借主が亡くなっても自動的には終了しない

  • 賃借権や室内に残された家財は、原則として相続の対象になる

  • 誰も住んでいなくても、契約が継続している間は家賃が発生する場合がある

  • 解約に必要な手続きや期間は、契約内容などによって異なる

  • 相続人が複数いる場合には、誰が解約手続きを行うのか確認する

  • 室内の家具や家電を、大家さんが当然に自由に処分できるわけではない

  • 遺品整理業者へ依頼する場合には、契約者と費用の負担者を確認する

  • 敷金がある場合には、賃貸借契約の終了後に精算される

  • 通常の使用による損耗や経年変化については、原則として借主側の原状回復義務の対象にならない

  • 連帯保証人になっている場合には、相続とは別に保証責任が生じることがある

  • 緊急連絡先になっているだけで、当然に連帯保証人と同じ責任が生じるわけではない

  • 相続放棄を検討している場合には、家財の処分や解約手続きについて慎重な対応が必要になる

  • 相続放棄後も、財産を現に占有している場合には一定の保存義務が生じることがある

  • 生前に死後事務委任契約を締結しておくことで、契約終了や家財の処理に備えられる場合がある

ということになります。

高齢の親が賃貸住宅で一人暮らしをしている場合、亡くなった後の部屋の片付けまで考えている家庭は、それほど多くないかもしれません。

しかし、実際には、預貯金がほとんどなくても、家賃や退去費用、家財の処分などについて対応が必要になる場合があります。

また、相続放棄を考えている場合には、良かれと思って部屋を片付けたことが、後から問題になる可能性もあります。

そのため、親が亡くなった後に管理会社から退去を求められた場合でも、まず契約内容と相続人としての立場を確認することが大切です。

賃貸住宅で一人暮らしをしていた親が亡くなった場合には、急いで部屋を片付けることよりも、賃貸借契約の内容、相続財産と債務、相続放棄の可能性を確認したうえで、適切な方法で手続きを進めることが重要です。


参考資料

国土交通省|残置物の処理等に関するモデル契約条項

法務省|残置物の処理等に関するモデル契約条項の策定

国土交通省|原状回復をめぐるトラブルとガイドライン

国土交通省|終身建物賃貸借

裁判所|相続の放棄の申述

裁判所|相続財産清算人の選任