相続人の一人が認知症だったら?遺産分割や相続登記はできる?
父親が亡くなり、実家の相続登記をすることになった。
相続人は、母親と子ども2人。
家族で話し合って、実家は長男の名義にしようと考えていた。
ところが、一つ気になることが……。
「母は認知症なんだけど、遺産分割の話し合いに参加できるの?」
「母の代わりに子どもが署名すればいいんじゃない?」
「そもそも、認知症の相続人がいたら名義変更はできないの?」
こんな疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。
実は、相続人の中に認知症の方がいる場合、遺産分割協議には注意が必要です。
ただし、認知症だからといって、必ず相続登記ができなくなるわけではありません。
今回は、相続人の一人が認知症だった場合の手続きについて、分かりやすくご紹介します。
認知症の相続人も遺産分割協議に参加できる?
まず、大切なのはご本人の判断能力です。
例えば、軽度の認知症と診断されていても、
「父親が亡くなり、財産を相続することになった」
「実家は長男が相続する」
「自分が取得する財産は何か」
といった遺産分割の内容や、その結果を理解して判断できる場合があります。
そのような場合には、ご本人が遺産分割協議に参加できることもあります。
一方で、認知症が進行し、遺産分割の意味や結果を理解できない状態になっている場合には、有効な遺産分割協議を行うことが難しくなります。
認知症という診断名だけで判断するのではなく、遺産分割について判断する能力があるかどうかが重要なのです。
子どもが代わりに署名や押印をしてもいい?
「母は認知症だけど、家族みんなが納得しているんだから……」
「母の代わりに長男が遺産分割協議書へ署名すればいいんじゃない?」
そう思われるかもしれません。
しかし、これはできません。
遺産分割協議は、原則として相続人全員の合意が必要です。
親子だからといって、子どもが当然に親の代理人になれるわけではありません。
また、本人が遺産分割の内容を理解できない状態で、家族が代わりに署名や押印をすることも認められません。
ほかの相続人が全員賛成していても、判断能力が不十分な相続人の権利を無視して手続きを進めることはできないのです。
判断能力が不十分な場合は「成年後見制度」を検討
では、ご本人が遺産分割について判断できない場合には、どうすればいいのでしょうか?
そのような場合に利用を検討するのが「成年後見制度」です。
成年後見制度は、認知症などによって判断能力が不十分になった方の権利や財産を守るための制度です。
2026年10月現在の法定後見制度には、判断能力の程度に応じて、次の3つの類型があります。
後見:判断能力が欠けているのが通常の状態の方
保佐:判断能力が著しく不十分な方
補助:判断能力が不十分な方
家庭裁判所に申立てを行い、必要に応じて成年後見人等が選任されます。
成年後見人には、本人に代わって財産管理や法律行為を行う権限があります。
保佐人や補助人については、遺産分割協議を代理するために、家庭裁判所から必要な代理権を与えられているか確認する必要があります。
なお、成年後見人等は家族が自由に決められるわけではなく、家庭裁判所が本人の状況などを考慮して選任します。
成年後見人がいれば自由に遺産分割できる?
ここは特に注意していただきたいところです。
例えば、父親が亡くなり、母親と子ども2人が相続人になった場合。
母親には成年後見人が選任されているとします。
この場合、成年後見人が母親に代わって遺産分割協議に参加することができます。
しかし、だからといって、ほかの家族の希望どおりに財産を分けられるとは限りません。
成年後見人には、本人の財産や権利を守る義務があるからです。
そのため、遺産分割協議では、原則として本人の法定相続分に相当する財産を確保することが求められます。
例えば、母親の取得分をゼロにして、すべての財産を子どもたちで分けるような内容は、簡単には認められません。
ただし、必ず不動産そのものを法定相続分どおりに取得しなければならないわけではありません。
遺産の内容や本人の利益を考慮しながら、預貯金などを含めて分割方法を検討することになります。
子どもが母親の成年後見人だったら?
実は、ここにも重要な問題があります。
例えば、父親が亡くなり、母親と長男・次男が相続人になった場合です。
そして、長男が母親の成年後見人に選任されていたとします。
このとき、長男は、
自分自身も父親の相続人
母親の成年後見人
という2つの立場になります。
遺産分割協議では、長男自身の利益と母親の利益が対立する可能性があります。
これを法律上、「利益相反(りえきそうはん)」といいます。
このような場合、長男は母親の成年後見人として遺産分割協議を代理することができません。
原則として、家庭裁判所に「特別代理人」の選任を申し立てる必要があります。
ただし、成年後見監督人が選任されている場合には、監督人が本人を代理するため、特別代理人の選任が不要となります。
成年後見人が選任されていても、誰が本人を代理できるのか、確認が必要なのです。
遺産分割協議をしなくても相続登記はできる?
ここで、もう一つ知っておきたいことがあります。
実は、相続登記をするために、必ず遺産分割協議が必要というわけではありません。
例えば、法律で定められた相続割合である「法定相続分」に従って、相続人全員の共有名義にする場合です。
このような相続登記は、相続人の一人から申請できる場合があります。
そのため、認知症の相続人がいて遺産分割協議ができない場合でも、法定相続分による相続登記を検討できることがあります。
ただし、注意したい点があります。
法定相続分で共有名義にすることと、特定の相続人一人の名義にすることは別の問題です。
例えば、実家を長男一人の名義にしたい場合には、法定相続分による共有登記だけでは目的を達成できません。
また、共有名義にした後で不動産を売却する場合には、共有者の権利や必要な手続きについて改めて確認する必要があります。
相続登記の期限が近づいていたら?
2024年4月1日から、相続登記は義務化されています。
相続によって不動産を取得したことを知った場合、原則として、そのことを知った日から3年以内に相続登記を申請する必要があります。
また、2024年4月1日より前に相続による取得を知っていた不動産については、原則として2027年3月31日までが期限です。
「母親が認知症で遺産分割協議ができないから、登記はそのままでいい」
というわけにはいきません。
相続人申告登記という方法もあります
遺産分割協議がまとまらず、期限内に通常の相続登記が難しい場合には、「相続人申告登記」という制度を利用できることがあります。
これは、登記簿上の所有者が亡くなったことと、自分がその相続人であることなどを法務局に申し出る制度です。
期限内に申出をすることで、申出をした人について相続登記の基本的な申請義務を果たすことができます。
ただし、相続人申告登記は、不動産の名義を正式に変更するものではありません。
また、申出をした人についての義務を果たす制度なので、ほかの相続人全員の義務まで自動的に果たしたことにはなりません。
本人に代わって申出をする場合には、適切な代理権の有無なども確認する必要があります。
成年後見制度を利用する前に知っておきたいこと
ここで、もう一つ大切なお話があります。
2026年10月現在の制度では、原則として遺産分割協議が終わっただけで成年後見が終了するわけではありません。
成年後見人が選任された場合には、その後も本人の財産管理や生活を支える役割が続きます。
また、専門職の成年後見人等が選任された場合には、報酬が発生することもあります。
そのため、相続登記を進めることだけでなく、本人の今後の生活や財産管理も考えておく必要があります。
なお、2026年6月には成年後見制度を見直す改正法が成立しましたが、成年後見制度の見直しに関する規定は、2026年10月現在、まだ施行されていません。
今後の制度改正についても確認が必要です。
まずは何を確認すればいい?
相続人の中に認知症の方がいる場合には、次の点を整理してみましょう。
誰が相続人になっているのか
遺言書が残されていないか
認知症の方に遺産分割について判断する能力があるか
すでに成年後見人等が選任されているか
成年後見人と相続人との間に利益相反がないか
法定相続分による相続登記を検討できるか
相続登記の申請期限はいつなのか
状況によって、必要な手続きは異なります。
最初からすべてを判断しようとするのではなく、まず相続関係と本人の状況を整理することが大切です。
まとめ 認知症の相続人がいても、相続登記の方法はあります!
相続人の一人が認知症だからといって、相続登記が一切できなくなるわけではありません。
ただし、遺産分割協議について判断する能力が十分でない場合には、成年後見制度などの利用を検討する必要があります。
また、成年後見人が選任されていても、本人と成年後見人との利益が相反する場合には、特別代理人の選任が必要になることがあります。
「母親が認知症で遺産分割協議ができない」
「相続人の一人に成年後見人がついている」
「認知症の相続人がいるけれど、実家を一人の名義にしたい」
そんな場合は、まず現在の相続関係と必要な手続きを確認するところから始めましょう。
大切なのは、認知症の方の権利を守りながら、適切な方法で相続手続きを進めることです。
▶ 成年被後見人等の特別代理人の選任について|裁判所公式ホームページ
